読書感想『この道』古い由吉著

 

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「この道」古井由吉

《読書感想》

「過去は現在の持続によって成り立つ」という作者の文中の言葉。病床にあって病院や自宅の窓から眺める季節の木々の梢の移ろい、雨風がたてる音を感受しながら、幼少期の疎開経験の想いが溢れ出る。その空き腹に苛まれながら徘徊した時代を、老境期に達した作者が今現在の立ち位置から絞り出す様に精緻な言葉で紡いでいく。芭蕉、バドリアヌスと思い起こす文脈の幅は広い。作者の晩年は「今生きている事が危機」と感じていたらしい。病魔に襲われながらも聡明な視線を以て過去を向き直る眼差しには、淡い生に対する儚さの様なものが常に漂っている。