読書感想『ニックス』 ネイサン ヒル著

ニックス

  • ネイサン ヒル
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    40年程の歳月を隔てた時代に登場する人物達は緻密な手の込んだ関係性で描かれる。ある日突然、母フェイから見限られた主人公の教師サミュエルによる母を探求するプロセスは、この物語の母体となる彼女の謎に満ちた過去そのものでもある。魅力有る謎に満ちた世捨て人の様なフェイが辿る孤高の生き様は、凛として時には毅然として痛々しくもあり悲しくもある。大掛かりな物語に圧縮される登場人物達は、時代の奔流の中に身を委ねながら苦悶する。散在する込み入ったプロットを丹念に積み上げて、最後に一つに纏め上げていく作者の手腕に拍手喝采

読書感想『カーペンターズ・ゴシック 』ウィリアム・ギャディス著

カーペンターズ・ゴシック

  • ウィリアム・ギャディス
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  • 読み終えた後は、頭の中を掻き回わされる様な眩惑感に苛なまれる。怒濤の様な氾濫する言葉を解読すると遺産の争奪、死亡事故、政治的陰謀と政府機関の暗躍の数々であるらしい。只でさ掴みにくいプロットは、登場する人物や電話での発話はカギ括弧で括られる事が無く、会話に挟まった語り部も固有名詞を指し示すのに男、女という人称表現に徹している為、迷宮の泥沼に引きずり込まれる。そして次第に混迷から脳裏がギリギリと研ぎ澄まされる様な魔術的なテキストの悦楽が襲う。ギャディスには前作の長大な『JR』の未読が残るが、さて、気が重い。

読書感想『iPhuck10』 ヴィクトル・ペレーヴィン著

iPhuck10

  • ヴィクトル・ペレーヴィン
  • iPhuck10
  • 奇しくも同じロシア圏のSF作家ニスワフ・レムの短編『GOLEM XIV』で描かれた巨大化する爛熟した超知性に成長した人工知能は人間の元を離れ宇宙に飛躍する結末を描く。打って変わってこの物語は「人間の作った環境の中で生きる非人称的な精神」の刑事文学AIによって記述され、美術史家学芸員ラーマにまつわりつき、奸計の網を張り巡らせ、女性異性愛キットiPhuck10を介して、騙し騙され丁々発止の争奪戦を繰り広げる。物語の中域で、ラーマの膨大な領域を持つストレージで思索の窓を広げる課程が独白されるが、理解には至らず。

読書感想『この道』古い由吉著

 

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「この道」古井由吉

《読書感想》

「過去は現在の持続によって成り立つ」という作者の文中の言葉。病床にあって病院や自宅の窓から眺める季節の木々の梢の移ろい、雨風がたてる音を感受しながら、幼少期の疎開経験の想いが溢れ出る。その空き腹に苛まれながら徘徊した時代を、老境期に達した作者が今現在の立ち位置から絞り出す様に精緻な言葉で紡いでいく。芭蕉、バドリアヌスと思い起こす文脈の幅は広い。作者の晩年は「今生きている事が危機」と感じていたらしい。病魔に襲われながらも聡明な視線を以て過去を向き直る眼差しには、淡い生に対する儚さの様なものが常に漂っている。